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大阪高等裁判所 昭和36年(う)1072号 判決 1961年11月07日

被告人 羽藤一夫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人貫井末喜の第一点の(一)、弁護人押谷富三、中本照規の第一点、本件金員の手交を公職選挙法にいわゆる供与と認定したのは事実誤認であるとの主張について、

原判決事実摘示によれば、本件の現金一万円は投票並びに投票とりまとめ等のため、その費用並びに報酬として供与したとして、これに公職選挙法第二二一条第一項第一号を適用していることは所論のとおりである。右法条第一項第一号の金銭供与罪は授者において同号所定の目的で金銭を相手方である選挙人又は選挙運動者の所得に帰せしめる意思で授与し、相手方がその情を知りながら、これを享受する意思で受領すること即ち双方意思の合致に基く金銭の所有の転移を要する対向的必要的共犯関係にたつものであること、されば相手方において金銭を享受する意思がないときは、それは単に供与の申込を為したにすぎない段階に止まるものと解するのを相当とする、ところで原判決挙示の証拠並びに原審取調の大石忠吉、溝口信次、奥田満太郎の各検察官に対する供述調書を綜合すると選挙人である松永義雄(原判決事実理由中に松岡永義とあるのは松永義雄の誤記と認める。)は、被告人からポケツトにねじ込まれた本件封筒入現金一万円が判示選挙運動の報酬の趣旨のものであることを知つて直ちに返そうと思案を巡らし、翌朝自宅に呼び寄せた姻戚筋の大石忠吉と知人の溝口信次の両名に対し、被告人から右封筒を置いてゆかれた顛末を話し、羽藤に返してくれと頼み密封のままの状態の右封筒を大石に渡し、その数日後本件現金入封筒が右大石忠吉、溝口信次、更に富田候補の選挙運動員奥田満太郎と順次経由して被告人の手に返戻されたことが認められ、右松永において本件の現金一万円を享受しようとの意思は勿論これを窺うに足る所為があつたものとは認められず、右認定を妨げる証拠はない、原判決挙示の証拠によると、被告人の判示所為は供与の申込と認めるのを相当とする、すると原審がこれを「供与した」と判示しているのは事実認定に誤りがあるといえる。しかし供与の申込とはいずれも処罰は同一のものであるから、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかなものと云えず、未だ原判決破棄の理由となすに足らない。各論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 松村寿伝夫 小川武夫 若木忠義)

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